2019-11-26 第200回国会 参議院 外交防衛委員会 第6号
田中角栄さんとジョン・コネリーさんの、財務長官との会談、あるいは昭和五十三年の中川、ストラウスUSTR代表との牛肉・オレンジ交渉の妥結、あるいは平成七年の橋本龍太郎通産大臣とカンターUSTR代表との会談等、思い出されます。大変タフな厳しい交渉だったと思いますが、皆さん、それぞれの立場で責任を持って解決してきました。
田中角栄さんとジョン・コネリーさんの、財務長官との会談、あるいは昭和五十三年の中川、ストラウスUSTR代表との牛肉・オレンジ交渉の妥結、あるいは平成七年の橋本龍太郎通産大臣とカンターUSTR代表との会談等、思い出されます。大変タフな厳しい交渉だったと思いますが、皆さん、それぞれの立場で責任を持って解決してきました。
したがって、財務省に限らないんですが、通産省もどこも皆、そこそこ横文字に不自由しないのがだんだんだんだん、皆、長い時間をかけて育ててきたんだと思いますが、そういった人が結構おるような時代になってきているというのが、昔のストラウスという人がカーター大統領のときにやったあのころの時代とはもうかなり違ったものになってきているというのが、一つの実感としてはあります。
○政府参考人(佐藤敏信君) よろしいんでしょうかと言われるとちょっと困りますけれども、午前中の大家先生の御質問にもお答えしましたけれども、チャーグ・ストラウス症候群も含めまして、個々の疾病の選定に当たっては、今後、第三者的な委員会において難病等の医療について高度な見識を有する先生方、委員によって議論を行うということでございまして、現時点では、申し訳ございませんが、明確にこれが認定の対象になるかどうかということについてはお
恐らく、いろんな難病があって、今度助成対象になるのかどうかということでいろいろと心待ちにされている方もたくさんおられるのではないのかなというふうに思いますが、私の方からはもう一つ、チャーグ・ストラウス症候群、アレルギー性肉芽腫性血管炎という病気なんですが、どんな病気かといいますと、気管支ぜんそくやアレルギー性鼻炎を有する人に白血球の一種である好酸球の著明な増加に伴って細い血管に血管障害を生じる病気ということで
また、ちょっと違うかもしれませんが、先日の参考人質疑で、膠原病の話、膠原病と総称されるものの中にも、全身性エリテマトーデスとかチャーグ・ストラウス症候群とか、病名が実は何か細かく分かれていて、その中には、指定疾患もあれば、そうでないものもあるということですよね。
そして、今、特定疾患ですけれども、受けられていない患者さんの中には、例えば、オリンピック選手で、報道されました竹内選手は、チャーグ・ストラウスという疾患だというふうに公表されました。あの疾患も、治療法が非常に難しい病気です。 ただ一つ、最近になって、ある製薬会社から、少しその症状を改善できるというお薬ができました。免疫グロブリンという製剤です。
私も、例えばアンジェルマン症候群の患者団体の方、一型糖尿病の患者団体の方、またチャーグ・ストラウス症候群の方など患者の皆様方、多くの方々から、難病の指定、特定疾患の指定というものを強く望んでおられる方が大勢お見えになるということを、直接間接にいろいろな形で伺ってまいりました。
あと、リーバイ・ストラウス財団、これは企業財団。ヒューレット・パッカード財団とかいうのも、企業財団ありますけれども。それからコミュニティー財団。こういうのが大体財団ですよね。お金を、どんどん資産をふやしていって、それを、NPOを支援していこうとか、いろいろな社会貢献事業を支援していこう、これがやはり素直に財団なんですよ。ファウンデーションとしては素直なんですよ。
ロバート・ゼーリックさん、ストラウスさんの論文、これは、一番の問題点は、これが途上国に貢献をするという結びでありますが、これは、あえて私なりに申し上げますと、アメリカあるいはカナダ、オーストラリア、ニュージーランドのような先進国とごく一部の途上国に貢献いたしますけれども、残りの大多数の途上国には決して貢献をしない。
エイズ感染者に関する支援では、リーバイ・ストラウス、これは会長ハースさんの発想で、エイズに感染しても首にすることはもちろんしない、最後まで、働ける限り働くように場所を提供しましょう。それから、もう治らないわけですから、最後まで医療費も面倒見ましょう。
一九七八年、中川・ストラウス会談、一九八四年、山村・ブロック会談、一九八八年、佐藤・ヤイター会談、歴代の農林大臣が牛肉・オレンジの自由化問題について対応してこられて、いよいよ四月一日からその自由化ということが始まるわけでございますが、この問題について消費の段階の立場と、それから生産段階における影響とあわせてお伺いしてみたいと思います。
考えてみますと、今日の農政と当時の農政を比べてみますと、単純に比較できませんが、大変さま変わりをしたという感じで、当時のことを思い出しますと、ケネディ・ラウンド、東京ラウンド、それから日米交渉というものを経験しまして、当時の中川・ストラウス会談とか、そういった体験も持っております。また農政に戻りましたので、先生方の一層の御指導をまずよろしくお願いしたいと思います。
今日までの山村・ブロック会談、あるいはそれをさかのぼるケネディ・ラウンド関税交渉の当時から数えれば二十年間、中川・ストラウス会談から数えて十一年近く、そしてその後の山村・ブロック会談、こういうものがあって、それぞれの主観が違う。
——実は大臣、十年前の九月の六、七、八というのは、当時の中川大臣とアメリカのストラウス通商代表との第一回目の牛肉交渉があったのです。そのとき大臣は、自由民主党を代表して中川大臣に随行して、日米交渉における大変困難なときに応援団の役をやってくれました。
中間的に言えば、十一年前の中川・ストラウス会談、このこともあるわけでございます。そういう一連の自由化要請、その中にあっていよいよ問題が難しくなっております。それは、私自身は正直申し上げて他国の選挙のことについて触れたくはございません。 その前提だけはしっかり申し上げておきたいと思います。 公の立場でございますから。 しかし、事実報道されておるように、アメリカで四年に一回の大変な選挙がある。
具体的には自由化、そして枠の問題ということで中川・ストラウス会談、これが六十三年でございますか、(「五十三年だ」と呼ぶ者あり)五十三年。今、不規則発言がありましたけれども、彼も随行したわけでありますから。ストラウス・中川会談に私どもも参りまして、そしてそれからもう十年、そういうことでことしの四月一日からはとにかく無協定状態になる。協定が切れる。
私が直接タッチしてということになりますと、中川・ストラウス会談、私は党にあって総合農政調査会長代理ということで、随行議員団長を務めました。そして生々しく中川・ストラウス会談を経験いたしてまいりました。それから十年。相当長期にわたって問題が今日に至っているなという認識は、私は初めから持っておりました。 そして、外交交渉。
国内においてもやはりいかなる評価、いかなる反応があるのか、ここ暫時私はじっと冷静に眺めてみたい、その上でひとつまた判断をしなければならない、しかし基本方針は変わらない、しかし対応についてはいろいろ考えなればならぬ場合もあるであろう、こう申し上げておるわけでございまして、極めて抽象的ではございますが、中川・ストラウス会談以来もう十一年、この間にいろいろなことがございました。
中川・ストラウス会談の経緯にかんがみていろんなやりとりをやってきた。そして、我が方はその都度決められてきた枠を誠実に守って話し事はちゃんと守ってやってきた。しかし、先様はもうことしの四月一日、新年度からはもう完全自由化と思っている、それは当たり前なんだと、ここに大きなずれがあったわけで、そのずれは今回のずれだけではございません。従来からそのずれはあった、こういうことでございます。
しかし、時代はどんどん変わってきておりまして、国際化の時代であるというのは中川・ストラウス会談のときよりもっと厳しいものがあることは承知しながらも、日本農業の行く末を、食糧政策の推進ということを考えながら慎重にも慎重に取り組んでおる。
だれが主導しようとも、農林水産省は挙げて今後の農林水産行政に責任を持って当たらなければなりませんし、困難な問題としていろいろ議論をされてきて、ストラウス・中川会談以来、特に牛肉、かんきつに象徴されるように、この難しい問題が議論されてきた経緯、この始末はだれが主導しようと私どもが責任を負わなければならない、私自身がまた責任を負わなければならない、こういうことでございます。
何分にもストラウス・中川会談以降長きにわたる懸案の事項でございます。そして、先様は四月一日完全自由化、この旗はまだおろしていないんです。そうでないとするなら、二年後はどうだ、何だかんだいろいろなことを言っておるわけでございます。
そのとおりでございますと申し上げておきますが、さらに敷衍をいたしまして、中川・ストラウス会談が始まりましたとき私も応援団の立場で携わっておりましたけれども、そのときの気持ちから全く変わっておりません。
この今おっしゃる問題につきましては、中川・ストラウス会談以降随分年月がたってまいりました。その都度誠実に話し合いで決められたことをやってまいりました。
ございますけれども、とにかく中川・ストラウス会談以降随分時間のたっている問題でもございますし、先様のいら立ちもわかりますが、こっちにもいら立ちがあることは私重々承知しておりまして、そういう意味で私自身は冷静にも冷静にひとつ決着をさせたいものだな、そしていつまでも延ばしていいものではない、確かに成り行きを心配しておる関係者の方々が多いのでございますから、その方々に対しましても一日も早く結論を見出さねばならぬ
このたびの私の訪米の結果につきましては、繰り返すようで恐縮でございますけれども重ねて申し上げておきたいと思いますが、日米間に中川・ストラウス会談以来の長い交渉の経緯がございまして、双方の基本的な立場の相違はあってもその都度友好的、平和的に実は処理をしてきた問題でございます。
○佐藤国務大臣 このたびの牛肉、かんきつのことについての日米間の交渉の経過のお尋ねでございますけれども、御案内のとおり、中川・ストラウス会談以来の長い交渉の経緯がございます。双方の基本的立場の違いはありますけれども、その都度友好的、平和的に処理をしてきた、誠実に処理をしてきたという問題でございます。
先ほども御答弁申し上げておりますように、牛肉、かつきつの問題は日米間に、中川・ストラウス会談以来長い交渉の経緯がありますことは委員御承知のとおりであります。双方の基本的立場には違いはあるものの、その都度友好的、平和的に処理をしてきた問題でございます。誠実に我が方も努めてきたつもりでございます。